耳 身体の声が聞こえる訳4から続いています。

「わたしは 他の子より できがわるい」
と 思っていました。

耳の聞こえが悪いと、教室にいるだけで神経を使い
先生の話し声よりも
自分の頭の中の「あせっている自分の心の声」の
方が大きいくらいです。 

頭の中で考える「思考」は 耳のなかで聞こえるのと
同じ部分をつかって 響いてきます。

わたしは自分のなかの不安感の声をたくさん聴いてきました。

今でいう「パニック症候群」の症状
そのものを当時、経験していました。

成長して高校時代になると 自分で
「自分ほど 信用できない者は いない。
だって自分のことなのに、自分がわからないからだ」

と考えていました。

そんなことを考えていては、余計に他人の声など
聞こえるはずがありません。

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「あれができない。これもできない」
と 自分にできないことや 欠点ばかりを
 指折り数えていました。

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できることもありました。

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絵を描くと うまい と言われました。

5才の時から「児童絵画教室」に通っていたのですが
10才の時に
教室の引越しでやめなければいけませんでした。

やめてしまうと
絵の先生の アドバイスや 見てくれるのが無ければ
はりあいがなくて、やめてしまいました。

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いつごろからか、まだ十代なのに
年寄りじみた思考回路になっていました。

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どんどんマイナス思考になりました。
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17歳のある時

「自分は親から愛されているのだろうか」
と ふっと思いました。

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その時、私は商業科の高校に通っていました。

母親は わたしが行きたかった普通科の高校を受験させて
くれなかった、ということを考えていて、

ふっと

「母は私を可愛い子だと思っているのだろうか?」
と思った時

「愛されていない気がする」という気持ちと

「そりゃ、勿論 愛されているよ」という気持ちの両方を

思いました。

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どっちが本当だろうか?

と思いました。

その時「愛されていない」という視点で見てみて
それから「愛されている」という視点で見て
それで
決めたらいいんじゃないのか、
と 17歳の ある時、思ったのです。

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今にして みれば

親から愛されているか愛されていないか
「決める」って 何じゃいな!
それは「傲慢」だよ~!

です。

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「愛されていない」側から見ると決めた時、
その17歳から
53歳まで
ずっと 愛されているんだろうか、と
思い続ける日々でした。

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自分のなかの劣等感コンプレックスと
愛されていない感とが まじり合って
相当 暗くて 長いトンネルをくぐりぬけていた日々でした。

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53歳の春に起業塾で「自分史」を書いている時に
突然 その17歳の時のことを 思い出したのです。

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わたしが 17歳の時に

「親から愛されているのかなー」と思って

「愛されていない」側を選んで

それからずっと「愛されていない」ということを
前提にして 物事をみてきたからなんだ・・・。

これを思い出して気づいた時

衝撃でした。

「・・・自分で自分の人生を
マイナス方向に向けただけではないか!!!」

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本当に53歳で思い出してよかったです。

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「愛されていない」側から見ると決めた時、
その17歳から
それを思い出す53歳まで
ずっと 「わたしは愛されているんだろうか」と
思い続けていました。

そしてどこへ行っても
「私はここにいて、いいんだろうか?」と
考え続けていました。

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もっと 早く思い出せたらよかったのですが。

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両親には 今は本当に感謝しています。
このような 思い違いもはなはだしい娘を
よくぞ、あきらめずに育ててくれたと感謝しています。

初めての友達 身体の声が聞こえる訳6に続きます。