難聴で自己否定してきたわたしは
自分の心と体をみつめてきた結果
自分自身を受け入れることが
できるようになりました。

 

その経験を活かして
体と心のセッションをおこなっています
柳澤由理です。

 

今日は、ちょっと深い話を書きます。

 

 

「想い」というのがあります。

 

「想い」というのは「考え」とは違います。

 

「想い」はパッション情熱を乗せます。

 

「考え」は 頭のマインドでおこなうものです。
「考え」は 言葉になっています。

 たとえば「自分はだめ」と思っている、
 します。「だめだなぁ」と思う。
 その「だめ感」は その言葉を使うことで
 どんどん強化していきます。
 思考はその考えを強めていきますから

 ストレスが強まる可能性があります。

 

「想い」は 言葉になっていたりなっていなかったり
 します。

「想い」がしっかり言葉化されると
「想い」は「考え」になっていきます。
「私はこうで、こうで、こうなの」というストーリーを
頭のなかで作り上げていきます。

 

「想い」の前の段階、
まだ 感じていることが 胸の中とか胎で
「なんとなーく」になっている時、

それは 「言語化」されていない、
自分でも なんとなーく こういう感じがあるような
と 自覚する以前の段階って あるんです。

「気持ち」みたいな。
「感覚が自分で『ある』と気づく前」の段階。

その時の感覚って
大事なんです。

まだ 「言葉」という形が 与えられていない

まだ 自分でこんな気持ちがある、と
気づいていない、気づきだしている段階の

ゆる~~い感覚。
力動のような。
芽生えてきているのか、それとも、
もっと 前からあるのに気づいていなかっただけ
なのか・・・

そういう「微妙」な感覚って
大事なのです。

 

「言葉にして説明できないのは ダメ」
だと 学校教育やお仕事の場では
言われてきたと 思います。

でも

その「言葉化」される前の段階を
感じてみる。
ぼんやりとでもいいから
それをありのままに眺めてみる。

それははっきりしないので、
こう感じるのが「よい」とか
「いけない」とか 言う事ができないですね。

自分の感じていることは
「感じている」んだから
「感じてる」というだけでいい。

 

今の自分は、今ここにいるんだから、
今、ここにいる、というだけでいい。

というのと 同じようなものです。

 

それがありのままの自分を認める
ありのままの自分が ある、ままに、
そのままにして、眺めてみる。

そうすると
社会も仕事も、気になる人も、
腹のたつ人も、そのままにして
眺めることができるようになります。

 

ストレスは
頭の思考が暴走し、
感情が爆発するのです。

自分を眺めていると 頭の思考の暴走は
収まります。

自分を眺めるというのは、
自分の身体のなかから生まれる感覚の芽生えに
気づいていくことです。

 

幼い頃、言葉を覚えていく頃の
無垢な感覚に戻れます。

少しのあいだ、体のなかの
感情がわきあがりはじめの感覚に
浸ってから、
日常に戻ると、
物事が落ち着いてみることができます。

 

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